サッカーと呪文、そして一冊の厚い本

calendar_today 2026-10-15

旅や歌をめぐる対話

旅のアイデアについて、大学の先生方に意見を伺う。訪問の目的としては、いたって穏当です。

では、その旅で何に出会うのか。話が具体的になるにつれ、サッカーの声援、ウィッチクラフト、乗合タクシー、異なる民族の暮らしが、メモに並びました。議事録の目次にしては、ずいぶんにぎやかです。

2026年10月2日、スケールアウトのインターンメンバー5名と、神戸大学大学院国際文化学研究科を訪問しました。研究科長の梅屋潔先生、辛島理人先生、矢野原佑史先生にお話を伺いました。

今回の席を設けてくださった辛島先生は、国際交流や観光など、経済と文化の関係をご専門とされています。

同行したのは、イナス(エジプト)、ガーニー(ガーナ)、タキー(エチオピア)、テミー(ナイジェリア)、アモー(タンザニア)。学科は違えど、母校に、いま一緒に活動するメンバーと。懐かしくも、なかなか新鮮な訪問です。

スケールアウトで検討しているのは、アフリカへの旅や交流をもっと身近にするアイデア。今回は、それをたたき台に意見を交わしました。

神戸大学大学院国際文化学研究科

サッカーに呪文

梅屋先生は、アフリカ研究を長年牽引してこられた研究者・教育者です。ウガンダで人々と暮らし、ウィッチクラフト(呪術)などを研究してこられました。伺ったたくさんの話の一つが、サッカーの声援でした。

アフリカのチームのサポーターには、味方の勝利を祈るのではなく、相手チームの敗北を願って呪文を唱える人もいるのだそうです。

「頑張れ」「決めろ」という声援とは、言葉の向かう先が違います。同じ勝利を望むにも、味方の成功を願うのか、相手の敗北に働きかけるのか。

日本語なら「足を引っ張る」が浮かびます。どこか潔くない響きもある。ただ、その言葉を選んだ時点で、こちらの価値観も顔を出します。どんな言葉を唱えるのか。唱える人は、何が起こると考えているのか。「文化の違いですね」で収めるには、まだ早い。

訪問後、ガーニーは「ウィッチクラフトは自分の国でも、ごくごく少数の人々の行いなんですけどね」と補足してくれました。タキーは、こうした話も含め、まだ広く知られていないアフリカ各地の文化をどう伝えるかに関心を寄せていました。

確かに、興味をそそられる話です。ただ、その珍しさだけでアフリカを語ってしまうのは、少々もったいない。面白いのは、その先です。

願いの向け先を、変えてみる。

当日は、Global Harmony Wayで制作した「Get Well」のミュージックビデオも、先生方にご鑑賞いただきました。さまざまな場所から声や演奏を重ねた曲で、同行したガーニーを含め、世界各地から43名が参加しています。

Let’s have fun together when you get well.

(調子が戻ったら、また一緒に楽しもう。)

国や文化が違っても、この気持ちは分かち合えるのではないか。そう考えて、曲はシンプルで分かりやすいものにしました。でも、声はさまざま。低い声、ハスキーな声、即興のスキャットが重なります。聴く人が思い浮かべる顔も、それぞれでしょう。共通する願いを、違う声で歌う。それらが奏でる共鳴を大切にしました。

楽しさを増やす。困りごとを減らす

一方、梅屋先生のお話から感じ取ったのは、願いの強さでした。勝ってほしい、あるいは相手に負けてほしいと願うだけでなく、呪文によって結果に働きかけようとする。

願うだけでは済まない。その切実さです。

この発想をGet Wellにお借りするなら、向き合うのは人ではなく、その人を苦しめる問題の方でしょう。病気や孤独、生活の中の制約。「また一緒に楽しもう」と呼びかけると同時に、それが叶わない原因にも目を向ける。

望む楽しさを増やすことと、困りごとを減らすこと。ビジネスでいうゲインとペインにも近い見方です。今回伺った呪文も、唱える側が妨げと捉えるものに働きかける、いわば「ペインポイントへの対処」として考えられそうです。

システム開発なら、バグ修正です。不具合に困っている人を励ますだけでなく、原因に手を打つ。もちろん、呪文とコードの修正では、対象もやり方も違います。借りたいのは方法そのものではなく、働きかける先を変えてみる発想です。

たとえば、一緒に歌いたいのに、録音の手順でつまずいてしまう人がいるとします。「ぜひ参加を」と繰り返すだけでなく、手順を簡単にしたり、ツールを見直したりする。歌が参加したい気持ちを生み、よりよい仕組みは参加を可能にする。そんな組み合わせです。

音楽の話から、ちょっと実務的になりました。でも、そのどちらも私たちの仕事の一部です。

願いを歌にする。それは、実現したいビジョンをアートで表現することでもあります。一方、その実現を妨げる原因を探り、解決に向けて手を打つ。アプローチは違っても、目指すものは同じです。アート、カルチャー、テクノロジー、ビジネス。その組み合わせ方には、まだまだ可能性があるのかもしれません。

乗合タクシーとヒップホップ

矢野原先生は、カメルーンのヒップホップから、熱帯林地域の人々の音楽まで研究されています。カメルーンの森をつくるプロジェクトにも取り組まれているとのこと。音楽をやっている私たちには、こちらも気になる話です。

この日、矢野原先生からは、カメルーンの乗合タクシーの安全性について、一度に多くの乗客が乗ってきて車体をぐらつかせるなどして混乱させている間に、窃盗の標的になってしまう、という事例まで伺いました。現地に着いてから知るより、事前に聞いておきたい話です。

「気をつけて」だけでは、どう気をつければいいのか分かりません。誰かに具体的な話を聞ければ、注意する場面や、出発前に確かめたいことが見えてきます。

訪問後の振り返りで、イナスは国ごとの違いを考慮する必要性を強調していました。ある土地の経験を、そのまま別の場所へ持っていくわけにはいかず、誰に聞けばいいのかも変わってきます。

大切なのは、情報を集めるだけでなく、その土地に詳しい人に「それはここでも当てはまりますか」と確かめられること。そうしたやりとりが、より安心して旅をする助けにもなります。

一方、アモーとテミーは、日本の学生がアフリカを訪れ、現地で学ぶ機会に関心を持っていました。これは学生に限りません。たとえば現地のヒップホップを聴き、アーティストにその背景を聞いてみる。そんな会話も、旅の一部になります。

知ってから出かけたい話と、会いに行って聞きたい話。行き先だけでなく、そこで話をする相手まで思い浮かべたとき、旅はより鮮明な輪郭を帯びてきます。私たちが模索しているアイデアでも、そうした人と人とのつながりを大切にしたいところです。

話の続きは、分厚い

「これは残り少ないんだよね」

そう言って梅屋先生がくださったのは、ウィッチクラフトの研究をまとめた一冊でした。

その本が、厚い。

会話ではひと言の「ウィッチクラフト」が、手元ではこれだけのページになる。現地で人々とともに暮らし、耳を傾け、考え続けた時間が、この厚みから伝わってくるようです。

Book - The Gospel Sounds like the Witch's Spell

題名は、The Gospel Sounds like the Witch’s Spell。日本語の著書『福音を説くウィッチ』の英語版です。

福音が、ウィッチの呪文のように響く。

ここでいう「ゴスペル(福音)」とは、キリスト教の「よき知らせ」のことです。ゴスペル音楽の名前の由来でもあります。福音を告げる言葉と、呪文。いったい何が、どんな意味で似て響くのか。このタイトルだけでも、考えさせられることがたくさんあります。

しかし、一気に読破、とは軽々しく言えない厚さです。気になる問いをたどりながら、ときどき立ち返る一冊にしたいと思っています。

出版社の紹介によれば、ウガンダ東部の人々が病気や死などの不幸をどう捉え、説明し、対処するかを追った本とのこと。何を問題と見て、どんな力を頼るのか。その背景には、こちらの想像だけでは分からない暮らしや人間関係があるのでしょう。

願いそのものも、問い直す。

音楽が「思いを届ける」媒体だとすれば、今回の訪問はもう一つの視点を加えてくれました。その思いの実現を妨げているものに働きかける、という視点です。歌はそのままでも、その先の活動の考え方は変わります。

ここで、サッカーの呪文を思い返します。勝敗を変えたくて、呪文まで唱える。その切実さは、いかにも人間的でした。

では、AIはどうでしょう。目標に向かって動くことはできますが、「どうしても、この状況を変えたい」と自ら切実に願うことはあるのか。そうした主体的な意識はあるのか、あるいは将来持ちうるのか。研究者の間でも議論が続いています。

私たちはAIの力を借りて、情報を整理し、アイデア実現の方法を考えることはできます。しかし、私たちが本当に実現したいことは何なのか。AIは、その問いを考える助けにもなるでしょう。一方、人との出会いや経験が、新たな思いや問いを生んだり、変えたりすることもあります。今回の訪問は、まさにそんな機会でした。

アートやカルチャーに触れることが、テクノロジーやビジネスで考える問いを変える。今回、私にとってのきっかけはウィッチクラフトについての会話でした。この一冊にも、まだ思いついてもいない問いが待っているかもしれません。

現地での知見と貴重なご著書を分けてくださった梅屋先生、今回の機会を整えてくださった辛島先生、音楽と現地の暮らしについて語ってくださった矢野原先生。興味深い対話をありがとうございました。

そして、一緒に訪問した5人のメンバーにも、ありがとう。それぞれの経験や視点を持ち寄ってくれたおかげで、私一人では気づかなかったことにも目を向けられました。
こうしたインターンシップ受入れを支えてくださっているJICAの皆さまにも感謝します。

訪問の記録は、この一枚の写真に。でも、その収穫は、写真の外側にも広がっています。

Scaleout at Kobe Univ.

文責:Oggy